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老いを学ぶ

2016年05月13日

老いの工学研究所提供

高齢者に、死を学ぶ機会を

老いの工学研究所

80歳の男性に話を伺う機会があった。子供たちが独立し、夫婦二人の暮らしを楽しむために、郊外の戸建の広い家を売って便利の良い立地にあるマンションに引っ越したら、半年後に奥様が末期癌と診断され、しばらくして亡くなったという。73歳のときだった。奥様は末期癌と診断されてから仏教を学び始めたそうだ。本を読む以外に、通信教育にも取り組むほど熱心だった。「暮らしぶりも、最期に自宅で死んだときの様子も本当に穏やかで、安らかだったのは、仏教を学んだからでしょうねえ」と言っておられた。

一般には、年を重ねると人生を達観できるようになり、高い視点から生死を理解し、精神的な成熟や超越を得ると考えられている。「老年的超越理論」もそのような学説である。しかし、老いの工学研究所が実施した「死に対する姿勢や考え方」に関する調査では、年齢と死生観には関連がほとんど見られない。「1.死後の世界はある」「2.命より大切なものがある」「3.死について真剣に考えるきっかけがあった」を見ると、高齢者よりもむしろ40歳代後半の人達の方が死にしっかり向き合っている。日本の高齢者の実態は、老年的超越とは程遠いように感じられる。

死に向き合うかどうかは、人生の最終盤の生き方を左右する。何となくそれまでの延長で生きるのと、死から逆算する、あるいはいつ死んでもいいようにと考えて生きるのとでは取り組む内容も意欲も違ってくるからだ。従って、国が言う「生涯現役社会」の実現は、高齢者が死に向き合えるかどうかが大きい。また、死に向き合い、準備や意思表明を行っておくのは、自分らしい死に方を実現し、子供たちや周囲に必要以上の迷惑をかけないために重要である。したがって、医療・介護に関わる問題の解決にとっても、高齢者が自分の死と向き合えるかどうかが大きい。

このように、高齢社会が抱える諸問題の解決のためには、高齢者自身が死にしっかり向き合う必要があるわけだが、調査結果から分かるように現状はまったく物足りない。高齢者は昔、子供の勉強や部下の仕事に対して「計画を立てなさい」「準備を整えなさい」と指導していたと思うが、自分のこれからについては計画や準備ができておらず、悪い意味で「若い」、年齢に比べて「幼い」と感じてしまう。準備不足のまま本番を迎える仕事やイベントがうまくいくはずがないし、日本中のあちらこちらで準備不足のイベントが行われているとしたら、混乱や後始末でコストやパワーがかかりすぎるのも当然である。

高齢者に対して、死に関する学びを提供してはどうだろうか。冒頭のエピソードでは、その奥様が夫や子供達に迷いや混乱を与えず、尊厳ある死を迎えられたのは仏教という学びのおかげであったことが分かる。もちろん宗教以外にも、死を正面から取り上げ、死について深く考えるきっかけを与え、死に対する態度を確固たるものにできる内容であれば、様々なコンテンツがあってよい。死について語り合う場を提供するくらいでも、とっかかりとしては良いと思う。

終活や自分史、遺影を撮影するといった形式的なものではない。アルフォンス・デーケン上智大学名誉教授が、「死を見つめることは、生を最後までどう大切に生き抜くか、自分の生き方を問い直すことだ。」とデス・エデュケーション(死の準備教育)を提唱しているが、そのような学びである。例えば、高齢者向けの教育バウチャー制度を作って、公共機関でもお寺でも民間の教育機関や文化センターなどでも利用できるようにしてはどうだろう。そうやって死をタブー視せず、死に向き合う人が増えていけば、高齢期の生き様や死に方は変わっていく。生涯現役社会の実現にも社会保障費の適正化にも寄与し、超高齢社会の活力につながっていくはずだ。

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