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老いを学ぶ

2026年05月25日

老いの工学研究所提供

生物としての健康法と、社会的動物としての健康法。

 世の中には健康に関する情報が、あふれかえっています。何を食べるべきか、何を食べてはいけないかといった栄養や食事に関することから、運動や睡眠、サプリメントまで、ネットで検索すれば多くの健康法が出てきます。動画サイトを見ると、カリスマのような健康法の提唱者が何人もいます。
 ただし、よく見ると、世にあふれる健康法のほとんどは「人間を生物として捉えると」という前提に立っていることが分かります。“肉体にとって”何がいいのか悪いのかを、医学・生物学といった視点から論じようとするものです。もちろん、人間は生き物なのでそのような視点で健康について考えるのは、当然と言えば当然です。
 しかし、人間は他者との共同体をつくり、互いに依存しなければうまく生きられない「社会的動物」でもあります。そして、人間にはこころ(精神・感情)があります。だからこそ、人間の死には、生物的な死(肉体的な死)だけでなく、「心理的な死」「社会的な死」「文化的な死」といった概念が生まれます。
 肉体的な死とは心臓が止まり、呼吸停止、瞳孔散大(脳の機能停止)によって判定される生物としての死です。人間にはそれだけでなく、意欲や希望や喜び、喜怒哀楽の感情といったものを失ってしまった状態を意味する精神的な死、人間関係や社会とのつながりがなくなってしまった社会的な死、そして、人としての尊厳や楽しみ・癒やしなどがまったく感じられない環境に置かれてしまう文化的な死といったものがあるとされるわけです。

 このような視点に立てば、生き物としての健康法だけでなく、「社会的動物としての健康法」があってもよいはずです。それは、人とのつながりがあり、会話をし、役割を持ち、周囲からの期待や必要とされている実感を得る、そんな豊かな社会性を維持し続け、心の張りや潤いのある暮らしをすること、それこそが社会的動物としての健康法です。
 実際、社会とのつながりの有無が、肉体的な健康に大きく影響するということが研究で明らかになっています。
 東京大学の飯島勝矢教授は、千葉県柏市の高齢者を対象とした長期かつ大規模な調査で知られる「柏スタディ」において、人間関係や交流の喪失がきっかけとなり、ドミノ倒しのように肉体的な衰えや要介護につながっていくことを明らかにしています。社会的動物としての不健康が、生物としての健康に悪影響を与えるというわけです。

●「社会性」はOS、「食事・運動」はアプリ
 では、生き物としての健康と、社会的動物としての健康は、どのような関係だと考えればよいでしょうか。公衆衛生学と社会疫学を専門とする東京科学大学の相田潤教授は、ウェブメディア「歯の教科書」のインタビューで次のように述べています。
「人とコミュニケーションを取るというのは非常に大事なことで、人と会うから歯磨きする、身だしなみを整える、人と会うために外に出る、そのために歩く、それが運動になるといったことにつながります。反対に人と会わないと歯磨きをさぼったり、歯の詰め物が取れて見た目が悪くなっていても直さなかったり、3食しっかり食べるのをさぼってしまうこともあるかもしれません。人と交流をしなくなると、健康状態が悪くなると言われていますが、口の健康が悪いと、人と交流することが減ってしまうというとも言えるでしょう」
 歯を磨くのは、口腔(こうくう)の機能維持という肉体的な健康を目的とした行動ですが、それをきちんと継続する動機は「人と会って話をするから」という社会性にあるという指摘です。つまり、動機がなければ、歯磨きをさぼりがちになってしまうという話です。

 相田教授の別の研究では、友達の種類・数が多いほど、残っている歯の本数が多いということも明らかになっています。どのような生き物としての健康法も、社会性が「土台」になっていると言えるでしょう。社会的動物としての健康は、パソコンやスマホを動かす「基本ソフト(OS)」、生き物としての健康法はその上で動く「アプリ」に例えてもよいかもしれません。

 そういえば、「孤独はタバコより体に悪い」「結婚していない人の寿命は、結婚している人の寿命より短い」というような研究もありました。これらも、人間関係や交流が健康に大いに影響していることを示唆しています。
「私たちは社会的動物である」という厳然たる事実の前では、生き物としてのあらゆる健康法は、手段でありアプリに過ぎません。改めて社会的動物としての健康について見直してみる必要があると思います。


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