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老いを学ぶ

2015年01月06日

老いの工学研究所提供

百年先まで技を伝えていく【陶 富治さん (73歳)/大堀相馬焼窯元・陶徳窯(すえとくがま)十代目】

老いの工学研究所

陶 富治(すえとみじ)さん (73歳)/大堀相馬焼窯元・陶徳窯(すえとくがま)十代目

(取材撮影:小山一芳、構成・文:代田耕一)

「大堀相馬焼」は、かつて相馬藩の領地であった浪江町の窯元たちによって伝えられてきた陶器で、その歴史は三百五十年にならんとし国の伝統工芸品に指定されている。独特の個性は、器全体に地模様となっている「青ひび」、相馬藩の御神馬を狩野派の筆法で描く「走り駒」、お茶を注ぎたてでもすぐ持て、かつ冷めにくい「二重焼」という3つの特徴から生まれ、中でも大小の湯呑み茶碗を被せ合わせてから焼成する「二重焼」は北国ならではの構造で、他では見られない技術だ。大変難しいので熟練の職人技が求められる。

陶(すえ)さんは、福島を訪問された天皇皇后両陛下に、相馬焼を代表して技を披露したという名人だ。残念ながら、東日本大震災による原発事故で避難を余儀なくされ、廃業も覚悟したが、郡山市の借り上げ住宅に移り住んでから転機が訪れた。敷地内に偶然、使われてない作業場があったのだ。「これも何かの縁にちがいない。もう一度やってみよう」と決意し、ろくろや粘土を浪江の工房から持ち帰り、窯元の再開にこぎつけた。

陶さんが土をこねはじめた。今は機械化されてしまい「手でこねているのはウチぐらい」になってしまったそうだ。ろくろをまわし、こねた土の塊から「二重焼の湯呑み」「灰皿」「花瓶」を次々に成形していく。さらに「今度はこれは何だベ、というのを作っかんな」といいながら、形づくる急須の「蓋」「口」「取手」。熟練の職人だけあって、あらかじめ作っていた急須の本体にまるで計ったようにピタリと収まる。

陶さんが絵筆をとると場の雰囲気は動から静へと一変する。集中を高め、一気に「走り駒」を描いた。陶さんが描く馬には勢いがあり、今にも駆け出しそうだ。「走り駒」は相馬野馬追の伝統を有する相馬藩主・相馬氏の家紋が由来となっているので、縁起物として好まれている。

自身のこれからについては「ふるさとを離れ、大きな窯がないため、もう多くはつくれない。お世話になった人たちに感謝の気持ちを込め作品を作り続ける」という。様々な困難を経験しているにも関わらず、陶さんは不思議なほど穏やかで大らかである。静かにこう語ったのが印象的だった。「俺たちの時代には浪江には戻れないけど、なに100年たてば住めるようになる。そうなれば浪江の土を使って大堀相馬焼を作ることができる。それまで技を伝えていく」

お茶を頂こうと陶さんの作った湯呑みを手に取った瞬間、その素朴な手触りや造形の美しさに心を奪われてしまった。ゲーテ曰く「近代的なものがロマンティックであるのは新しいからではなく、弱々しく病的で虚弱だからだ。伝統的なものがクラシックであるのは古いからではなく、力強く新鮮で明るく健康だからだ」

「大堀相馬焼」は職人の卓越した技によって生まれる素朴な大らかさで、人々を楽しませてきたからこそ、ずっと愛されてきたのだろう。その技がずっと承継されることを願う。

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