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老いを学ぶ

2020年12月27日

老いの工学研究所提供

高齢者の”マナー”や”キレる”が問題になるのは、何故か?

老いの工学研究所

(ヤフーニュース、オトナンサーに掲載されたコラムを転載しました。)

日本人には「世間」というものがあり、「世間さまに顔向けできないようなことはしないように」と世間体を気にしながら生きている人も少なくありません。こうした人たちは自分の意思や基準ではなく、また、時には法やルールにも増して、「皆がどうしているか」「これまでどうしてきたか」「周囲が違和感を持たないようにするためには」と考えて、自らの言動を選択します。

 世間というものの存在を感じさせる言葉も「出るくいは打たれる」「村八分」「身内」「外国人」「ウチでは/ソトでは」「空気を読む」などたくさんあり、最近では「同調圧力」がよく口にされるようになりました。海外には「世間がない」とはいいませんが、日本ほど強くは意識されません。宗教の影響力が強い国では、特に他人の目より信仰が優先するということもあるのでしょう。

 この「世間」をキーワードに、一部高齢者のマナーの問題や「キレる高齢者」問題について考えてみましょう。

●高齢になって世間を失う
 マナーというものには「世間を安定的に維持する手段」という面があります。あるいは、世間になじんで、それを乱す意思を持たない者であることを証明するための手段ともいえるでしょう。

 振り返ってみれば、子ども時代は近所が世間であり、小・中・高という学校の中にも世間がありました。そして、大学にも会社にもそれぞれの世間というものが存在しています。私たちはそのときに属している世間の中で、その安定を乱さないような言動を選択し、その安定に寄与する役割を演じ続けてきているのです。

 つまり、世間の存在が日本人のマナーをよくしている――。そう考えると、高齢者にマナーの悪い人がいるのも説明がつきます。高齢期になると世間が狭くなったり、世間がなくなったりするからです。

 定年などで職場を離れる、配偶者や友人の死、身体的衰えによる活動範囲の狭まり、郊外での1人暮らしで他人との交流がなくなる…こうして、それまでの人生において、ずっと自分の言動の選択基準となってきた世間がなくなっていきます。「空気」を読もうにも読む「空気」がありません。

 要するに、日本人は世間を失うとタガが外れやすくなるのです。高齢になると世間を失いがちなので、マナーの悪い人が増えてくるのだと思います。従って、さまざまな活動や交流がある環境にいて、世間を感じている高齢者に、マナーの問題は起こりにくいのです。

「キレる高齢者」についても同様のことが考えられます。学生時代には、いわゆる不良少年がいましたし、いつの世も反社会的な行動をする人は常にいて、世間の安定を乱そうとするわけですが、それは元をたどれば、世間の側が彼らを仲間外れにした結果の反発や抵抗という面もあります。同じように、高齢者が「キレる」のは高齢になって世間を失ったとき、仲間外れにされたと感じた人の反発行動だと捉えられます。

 もちろん、高齢期の世間の喪失に対し、新しい活動を通して新たな世間を見いだす人や、世間から距離を置いて、現役時代にはなかった自由を謳歌(おうか)する人など前向きに適応していく人もたくさんいます。ただ、世間から見放されたと感じる人もやはりいて、そういう人たちがまるで不良少年のようにキレるわけです。

 以前、「高齢者が勝手に赤ちゃんに触ってくる。やめてほしい」という体験談がネット上で話題になりました。若い母親にとっては、自分と赤ちゃんの2人の世間である一方、通り掛かった高齢者には、その母子2人も世間の人たちなのでしょう。そのため、高齢者は「かわいいね」と声を掛けて、赤ちゃんの頬を触るのでしょうが、母親は“ソト”にいる他人に自分の世間に勝手に入られたくないと感じるのだと思います。

 この構図は電車の中の携帯電話に似ています。携帯で話をしている人は通話の相手との2人の世間です。しかし、周りにいる人たちはその声が耳に入る範囲が世間になっています。そのため、周りにいる人たちは静かにしているべき世間の基準を乱す者に対してイライラが募るわけです。

 都市化、核家族化が進む前の時代には、その場所で以前から暮らし続ける人たちが同じ世間を認識していたことで安定を維持していたのでしょう(一方で、それによって、しがらみや因習が生まれ、人々にストレスを与えていた部分もあるのですが)。その頃に比べると、現代はそれぞれの人が認識している世間が多様化するとともに、範囲が狭くなっています。

 認識している世間の範囲の違い。これが、高齢者の「マナー」「キレる」などの問題につながっているのだと思います。

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