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老いを学ぶ
2021年07月07日
老いの工学研究所提供
高齢者を子ども扱いする日本人の“優しさ”という問題。~期待が健康寿命を延ばす
老いの工学研究所
ある高齢女性から、筆者宛てにこのようなメールが届きました。
「80歳を迎えたのを機に50年間のアメリカ生活を終えて、日本に帰国しました。日本社会は高齢者に親切にする精神が高く、感心です。一方で、子ども扱いをするような“優しさ”もあり、私も期待される像に沿って“子ども”のように振る舞ってきました。例えば、小股で頼りなげに歩くとか。アメリカ社会では、子ども扱いは期待できないので、脚を伸ばしてできるだけ、(1人で歩けることを示す)独立的姿勢になります。こうした行動が精神的健康と関係があるのかどうか、時々考えます」
このメールの内容は米国の教育心理学者ローゼンタールが提唱した「ゴーレム効果」を思い出させます。周囲の期待が低いと、その人の行動は周囲の期待に合わせるように劣化してしまうというものです。その反対は、これもローゼンタールが提唱した「ピグマリオン効果」で、期待が高いとその期待通りにパフォーマンスが上がっていくようになる傾向をいいます。
例えば、指導する教師に「彼らは優秀な生徒だ(実際にはランダムに抽出した生徒たち)」と言って任せると成績が上がり、逆のことを告げると成績が下がったという実験結果があります。人は周囲の期待に影響を受け、それに合わせた言動をしたり、期待をくみ取って、そのように行動したりするようになるわけです。
米国では、年を取っても「自立した大人」として扱うが、日本では「子ども扱い」するので、高齢になると“子ども”のようになっていく――。先述の女性は「精神的健康と関係があるのかどうか、時々考えます」と言いますが、精神面だけでなく肉体的な面でも好ましいはずがありません。
もちろん、日本における子ども扱いが悪気があって行われているものではない(むしろ、善意で行われている)のは間違いありませんが、日常の用事や動作などのあれこれを「(まるで子どものように)できない人」とみなして周りがやってしまえば、身体機能や認知機能が衰えたり、自立心や意欲が低下していったりするのは自然なことです。簡単にいえば、子ども扱いは健康寿命を縮める方向に作用します。
確かに、高齢になると、できなくなること、難しくなることがだんだんと増えてきます。従って、手助けが必要になってきますが、必要なときに必要な分だけのサポートを行うのが肝要であって、本人ができることまで何でも周りがやってしまう(=子ども扱いする)のは本人の残存能力を低下させるだけでなく、尊厳も傷つけかねません。
「健康寿命を延ばすこと」は現在のわが国における大きなテーマの一つです。そして、国や地方は高齢者の健康維持について、「運動・食事・交流」の3つを重点に取り組んでいます。しかし、先述のメールを見ると、もっと根本的な部分で、高齢者を弱らせてしまっている「高齢者観」という問題がありそうです。
「高齢者は弱く、守るべき存在である」という考えを持つ人と接していると、高齢者は徐々に“守ってもらう対象”としてふさわしい行動を取るようになり、心身が衰えていきます。老人ホームや介護施設に入ると、自分で何もしなくなるので衰えが早まるという話(全ての施設がそうというわけではありません)はよくありますが、施設ではなくても、高齢者を弱者とみなして、子ども扱いするだけで同じように心身を衰えさせます。
運動・食事・交流は大切ですが「高齢者には難しいだろう」と勝手に決めつけて、軽すぎる運動しかさせない、やわらかく、かみやすい食事ばかりを出す、ワクワク感のない平凡なコンテンツしか提供しない…といったことだと十分な健康効果は得られないでしょう。
これから、日本人の健康寿命をさらに延ばしていくには、根本的な高齢者観の見直しが不可欠ではないでしょうか。高齢者は弱者なのか、守るべき対象なのか。できるのに「できない」「難しいだろう」と決めつけていないか。その結果、よかれと思ってやっている行動がかえって、高齢者の健康を損なうことになっていないか。一人一人がこのような問いを持つべきだと思います。
心身の衰えや“キレる”といった規範意識の低下など、高齢期にパフォーマンスが落ちるのは、私たちが「期待していないから」かもしれません。「高齢者に大いに期待し、その能力を発揮してもらう」という態度は、3割に迫ろうという高齢化率を考えれば自然なことであり、さらに、健康寿命を延ばすことにもつながるのです。
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