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老いを学ぶ

2016年07月20日

老いの工学研究所提供

デンマークに学ぶ「高齢者像」と「高齢者住宅」

老いの工学研究所

デンマークの元福祉大臣、アンデルセン氏は次のように述べている。
「プライエムの多くは孤立し、不毛で活気がなく、いる人たちの権威を失わせるようなミニ病院、いわば人生の最期を迎える前の待合室になっていた。プライエムに住む人々にとって、その主体としての生活はプライエムに引っ越した日を境に幕を閉じた。多くの人はこの状況を、施設のまた施設文化の避けられない結果と考えていた。」

プライエムは、老人介護施設。1988年、デンマークでは施設のこのような状況と、高齢化率の上昇による財政逼迫を背景にプライエムの新規開設を禁止したが、その当時を振り返って述べた言葉である。そして、「出来る限り長く自宅に住み続けるために、早めに住み替えること」を奨励する政策に舵が切られる。プライエムという「施設」ではなく「高齢者住宅」を整備し、同時に在宅介護が行き届く体制を整えた結果、現在では55歳から70歳くらいまでの早めの住み替えが一般的であるという。

「自宅に住み続けるために、早めに住み替える」は、一見わかりにくい。意味は、こういうことだ。仕事や子育てが中心だった現役時代の家は、身体的な衰えや家族数・ライフスタイルの変化などから事故の危険や孤独・虚弱化を進めてしまう可能性があるので、高齢者にとっては「不適切な住宅」である。従って、高齢期を活き活きと健康に暮らすためには、高齢者の身体的・精神的状況に見合った住宅、自立生活への支援があり、社会との交流も維持される住宅に早めに住み替えるのが重要である。要するに、自分の家で暮らし続けるには(=「施設」行きにならないためには)、高齢期に見合った家に住み替えるほうが良いというメッセージだ。

この政策は、「高齢者福祉の三原則」と「住まいとケアの分離」をコンセプトとしている。
「高齢者福祉の三原則」は、一つ目が「生活の継続性」で、出来る限り在宅でそれまでと変わらない暮らしができるよう配慮すること。二つ目は「自己決定の原則」で、高齢者自身が生き方・暮らし方を自分で決定し、周囲はその選択を尊重すること。三つ目は、「残存能力の活用」で、本人ができることまで手助けしてしまうのは能力の低下につながるから、やってはいけないということ。まとめれば、支援があれば在宅で生活ができる人まで施設に集め、受動的な立場に立たせた上で、一斉に過剰かつ画一的なサービスを提供するようなことは、すべきでないという内容だ。

「住まいとケアの分離」とは、居る場所によってケアの質・量が決まるのは不合理・不平等という考え方である。施設では全員に十分なケアが提供されるが、自宅で暮らし続けるとケアの量が限定されてしまうのは問題であり、これを解消するため「居場所とケアがセット」となった「施設」を作るのではなく、在宅で暮らす人それぞれのニーズに合わせてケアが提供できる(住まいとケアが分離した)体制を整え、同時に「高齢者住宅」の拡充を進めていったのである。

日本がデンマークに見習うべき点を、二つ挙げたい。
まずは、適切な“高齢者像”の設定だ。日本では高齢者を「助け支える対象」と見る傾向が非常に強いが、デンマークでは「自立的に生きる主体」と位置付けている。この差は、議論の出発点として非常に大きい。

実は日本でも、2003年に厚労省の高齢者介護研究会が発表した「2015年の高齢者介護」の中に「元気なうちの早めの住み替え構想」があり、施設でなく高齢者住宅の拡充による福祉政策が謳われたが、依然として施設の開設が中心になっているのは、高齢者像の設定に大きな差があるからだ。国が進めている地域包括ケアの『尊厳の保持と自立生活の支援』という目的もデンマークとよく似ているが、これに対する理解や共感が広がらないのは、一般に共有されてしまっている「助け支える対象」という弱々しい高齢者像との乖離があるからだろう。

次に、「施設」と「住宅」の線引きを明確にする必要がある。現状は、普通の自立生活をするための設備・機能がないのに、住宅風のスペースを作っただけで『住宅型・老人ホーム』、生活相談と安否確認さえあれば『サービス付き高齢者住宅』と呼称できてしまう。これら、施設を“住宅っぽく”しただけでは、デンマーク基準なら「施設」である。普通の住宅レベルの生活機能、十分な広さ、かつ必要なケアを受けられる環境にある住まいに限定して「高齢者住宅」と規定すべきだ。施設と住宅の線引きが曖昧な状態では、高齢者が安心して住み替えることなどできない。また、デンマークでは現役時代に住んだ家を「(高齢者にとって)不適切な住宅」としているのも注目に値する。

高負担・高福祉を目指そうというのではない。「良質な高齢者住宅」は、高齢期の尊厳ある自立生活を実現しやすいだけでなく、事故・病気・孤独などのリスクが減るため介護予防の効果がある。つまり、「良質な高齢者住宅」によって健康寿命が延びるので、医療・介護費用を削減できるし、施設の入所者も減らせるから社会保障費の削減が期待できる。社会保障費を適正化し、同時に活力ある超高齢社会を作るためには、「良質な高齢者住宅の整備と、元気なうちの早めの住み替え」という新たなアプローチを積極的に推進すべきだ。施設不足や介護職員不足への対応、医療費・介護費の自己負担率の引き上げなどは、付け焼刃に過ぎない。

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