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老いを学ぶ

2022年11月01日

老いの工学研究所提供

住み慣れた場所を「つくる」という発想。

「人生の最後は、住み慣れた場所で」という願いは、多くの高齢者に共通しています。加齢による体の不調はあるにせよ、いや、あるからこそストレスを感じない場所で、穏やかに暮らしたいと思うのは当然ですし、「リロケーション・ダメージ」(高齢になってから環境を変えることによって生じる心身の不調)と呼ばれる現象も昔から指摘されています。

高齢の親を案じる子どもが、自分たちとの同居や近居を勧めても、頑として今の自宅から動かないという話はよくありますが、これも、環境を変えることへの不安が親御さんにあるからでしょう。

●「住み慣れた場所」に潜むリスク
だからといって、「高齢者は長く暮らしてきた場所に住み続けるべきだ」と簡単に結論づけることはできません。環境も本人も変化していくからです。便利な暮らしに欠かせないスーパーや病院、金融機関の有無、周りに住んでいる人の数や年代、地域の人間関係の質・量など、環境は必ず変化していきます。

また、家の中の小さな段差や部屋の温度差、周囲の坂道や階段、利便施設への距離などは、若い頃は全く気にならなかったとしても、年を取ると危険や不便を感じるようになってきます。転居によるリロケーション・ダメージも危ないですが、「住み慣れた場所」にも大いにリスクがあるということです。

そのような危険な要素がある「住み慣れた場所」で暮らしていて、自宅での事故や急病への対処が遅れたり、閉じこもり生活によって衰えが進んでしまったりした結果、老人介護施設などに入らざるを得ず、次にそこでの慣れない生活でリロケーション・ダメージを受けてしまう場合も少なくありません。ダメージをダブルで受けるようなもので、最も避けたいケースです。

「住み慣れた場所」という言葉には、「最近まで住んでいた居住年数が長い所」といった意味合い以外に、「住み心地がよい」というニュアンスが含まれています。だから、「なぜ、わざわざ住み替えないといけないのか」という反論に使われるわけですが、長年、住んできたからといって、住み心地がいいとは限りません。住んでいる間に、その環境は不便や不安、危険を含むものに変化していきますし、近年では、防災や防犯も高齢者の心配事になっているからです。

高齢者にとって住み心地がよい場所の条件は、筆者が思うに、次の6つです。

まず、ハード(建物や設備)とソフト(人やサービス)の両面での安全・安心。顔見知りが何人もおり、声掛け、あいさつ、立ち話、情報交換が日常的に行えること。家の中も地域についてもよく分かっており、迷いや遠慮なく暮らせること。生活に必要な物を調達する施設が近くにあること。使い慣れた物や設備、思い出や懐かしさを感じる物に囲まれていること。そして、趣味や運動などの活動の場が近くにあり、仲間もいて継続しやすいこと――。

昔は、「住み慣れた場所」にこれら6つの条件がそろっていたから、住み心地もよかったのでしょうが、今やそうではありません。住み慣れた場所の住み心地がよいというのは、もはや昔の話といえるでしょう。

高齢期の長さの問題も無視できません。厚生労働省の「簡易生命表」(2021年)によれば、65歳まで健康だったら、平均的に男性は85歳まで、女性は90歳まで生きる時代となりました。昔のような短い老後なら、不便でも長く住んできた場所で我慢して暮らすという選択肢もあり得ますが、平均で20〜25年という長い期間を考えれば、今まで住んできた場所の住み心地を見つめ直し、これからの高齢期にふさわしい場所を改めて考えるべきでしょう。子が親に住み替えを勧めるケースが増えているのも、長い高齢期を見据えてのアドバイスなのだと思います。

●住み慣れた場所を「つくる」という発想
もちろん高齢者にも、長い高齢期を視野に入れて住み替えを検討する人は増えていて、「いつ、住み替えるのがいいか?」という質問をよく頂くようになりました。

筆者は必ず「早い方がいい」と答えます。理由は何よりも、事故や体調急変はいつ起こるか分からない(明日かもしれない)からですが、もう一つは、元気なうちの方が環境変化に適応する力があるからです。

若い人と同じように、しばらくすれば「住めば都」となり、先述の6条件がそろっていれば、それまでの「住み慣れた場所」よりはるかに楽しく過ごせる人も多いでしょう。逆に、適応する力が衰えてから環境を変えると、なかなかなじめず、リロケーション・ダメージを受ける危険性が高くなってしまいます。

早めの住み替えは、「人生の最後は、住み慣れた場所で」という願いをかなえる行動でもあります。早く住み替えるほど、その環境に適応しやすいので、人生の最終盤を過ごせる住み慣れた場所をつくることができるからです。切羽詰まってから住み替えたのでは、住み慣れた場所にはなりません。

高齢者には今、これまで長く住んできた「住み慣れた場所」に固執するのではなく、これからの長い期間を考慮に入れて、「住み慣れた場所を“つくる”」という発想の転換が求められていると思います。

(NPO法人・老いの工学研究所 理事長 川口雅裕)

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