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高齢期を語る〜著名人インタビュー〜

2016年05月10日

老いの工学研究所提供

50歳で折り返すと思うと楽しい。ちょっと見晴らしのいい場所から自分を振り返って。

歌手 加藤登紀子さん

歌手生活50周年ツアーを昨年全国各地で開催し、今年は生誕から100年になる世界の歌姫、エディット・ピアフのストーリー仕立てのコンサート「ピアフ物語」を大阪、東京などで予定する歌手、加藤登紀子さん(72)。「知床旅情」から46年、今も精力的な歌手活動を続け、他方、環境問題にも心を砕き、既に他界した夫、藤本敏夫さんが残した千葉県鴨川市の農場で若者とも交流しています。「いろいろな歌を歌い、さまざまな活動もしてきたけれど、最近、何かすべてがつながってきた気がする」という加藤さんに年齢への考え方や、年を重ねてからの心の持ち様などについて聞きました。

ーー東大在学中に第2回シャンソンコンクールで優勝して歌手デビュー。「ひとり寝の子守歌」や「知床旅情」でレコード大賞歌唱賞を受賞されました。歌手生活を続けながら、3人の娘を産み育ててこられ、人生をすごい勢いで突っ走って来られたようにも見えますが、年齢について意識されたことは?

50歳になるとき、身構えましたね。40代からストレッチをして、体のバランスを考え、発声のメカニズムも意識するようになりました。40歳までは自己流で歌ってきたのですが、そういう無手勝流が50歳を目の前にして通用しなくなってきました。

ーー加藤さんはコンサートで「50歳が折り返し点。そこから1年ごとに1歳若返っていくのよ」とよく話されています。

半ば冗談ですが、プールだって50㍍より先はないでしょ。50 歳で折り返すと思うと楽しいじゃないですか。人生の、ちょっと見晴らしのいい場所から30代や40代の自分を振り返ってみると、やりっ放しになっていることや、過去に自分が播いたタネがよく見えてきます。折り返して泳ぐのは別のレーンかもしれないけれど。私は既に28歳まで折り返し、娘より年下です。
28歳のときは独身でしたが、今また(夫が他界し)独身に戻りました。

ーー50歳で振り返り、やり残した仕事にその後関わったとか、過去とのつながりの中で生まれてきた仕事もあるのでしょうか。

昨年の歌手生活50周年の記念コンサートは、かつてソ連に属していた国、ラトビアのオーケストラをバックに歌いました。
実はラトビアへはデビュー3年目に行ったことがありました。そして、1987年にもラトビアと再会しました。その年にリリースした歌が「百万本のバラ」で、歌はロシアで大ヒットしたのですが、原曲はラトビアで作られた子守歌でした。そういう縁があって、50周年は「『百万本のバラ』コンサート」と題して国内各地でコンサートを開き、その後、ラトビアに行き、原曲だった子守歌とともに向こうのみなさんにも聞いてもらいました。

ーーシャンソンのレコーディングもずいぶん後になってからでした。元々、シャンソンコンクールでの優勝がデビューのきっかけだったのに。

歌手になって41年目、2006年のことでした。夫がなくなった後、2年間ほどはラブソングを歌うのは辛かったですね。
ラブソングには「別れ」のシーンが多いのですが、それをすべて「永遠の別れ」というイメージでとらえてしまう。自作曲にもラブソングが多いので、なかなか歌えなくて2年間くらい、沖縄の歌を歌っていました。
ようやく3回忌が終わって、40周年のコンサートで最後にピアフの「愛の讃歌」を歌い切ったとき、こういう気持ちで歌えばいいんだと、なんだか吹っ切れました。それで翌年、シャンソンをレコーディングすることにしました。

ーー夫の藤本さんからは、千葉県鴨川市の農場を引き継がれました。

そこには、彼が好きだった木や、心を癒やした場所があり、木の根とともに彼の姿も残っています。最近は若い人たちが農業に興味を持ち始めています。私の娘もそこに住み、そこからみんなで未来を語ろうとしています。藤本は半農半Xという生き方を勧めていました。
私は最近、男性は半分のエネルギーで仕事をやった方がいい、と思っています。女性はほとんどの場合、いや応なく半分は生きるための仕事を抱えています。子育てがあり、家事の多くも女性が担っているのが現実です。でも逆説的ですが、その状況は実はいいバランスなのではないでしょうか。男性は仕事一筋が許されていますが、実はそれは不幸なことかもしれません。

ーー仕事こそ人生と思っている男性は多いです。サラリーマンの多くが、定年退職を迎えると人生の終わりのように考えてしまい、その後の自分の居場所が見つけられません。

男性は年とともに仕事へのエネルギーを半分にして、残り半分のエネルギーを生きるための仕事に振り向けた方がいいですね。生きるための仕事を通して、世の中の分業化によって身の周りから遠のいてしまった「命」と向き合ってはどうでしょうか。
そして女性の社会参加を手伝う立場になってほしい。
そういう男性は格好いいですよ。鴨川では農業を始めたばかりの若者が土を耕したり、まきを割ったりするけれど、経験のあるおじいさんの方がはるかにうまい。みそやしょうゆを作ったり、自給生活のプロになったら居場所はいくらでもあります。

加藤登紀子(かとう・ときこ)

1943年中国・ハルピン生まれ。東京大学在学中の65年、第2回日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝し歌手デビュー。66年「赤い風船」でレコード大賞新人賞。69年「ひとり寝の子守歌」、71年「知床旅情」でレコード大賞歌唱賞。「琵琶湖周航の歌」「時代おくれの酒場」などヒット曲多数。歌手活動以外にも国連環境計画
(UNEP)親善大使や世界自然保護基金(WWF)ジャパンの顧問なども務める。現在、毎日新聞社とともに、赤ちゃんに手紙を書く運動「未来への手紙プロジェクト」(http://mirai-tegami.com/)を推進中。

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